第一章 ルドモンド大陸と民族の成り立ち

第一考 ルドモンド大陸と民族の成り立ち

 かつて、ルドモンドは人間と獣たちが溢れる地上の楽園だった。広大な大陸に、豊かで特色のある自然の中、大きな戦争もなく平和に暮らしていた。だが4580年前のある日、災厄が突然音を立ててやってきた。

 大陸は炎と煙と塵に焼かれ、人間と動物の多くは死滅した。しかし災厄の中心部にいた一族——後の皇族と呼ばれる人々は、なぜか生き残った。僅かな生き残りである彼らは、炎に呑まれてもすぐに癒える力、大いなる不思議な力を身につけていた。

 彼らは10年ほど大陸全土を彷徨い、生き残った人間を探した。だが、まったく見つからなかった。植物は徐々に姿を戻し、獣たちも時々見かけるようになったが、人間たちは死滅していた。大陸の空気が変わり、不思議な力を持つ一族をのぞいて、人間が生きられない環境になっていたのだ。

 その事実を肌で感じていた一族は、絶望しだした。来る日も来る日もどんなに歩いても、同胞である人間は見つからない。疲れた彼らは、とある森の手前に座りこみ、歩くことを止めてしまった。

 一族の中で一番元気な青年がひとり、水を求めて森へ入った。彼は一昼夜探しまわり、ようやく森の奥で泉を見つけた。泉では美しい鹿が一頭、水面に口づけて水を飲んでいた。

 瞬く間に、青年は鹿に恋に落ちてしまった。
 鹿も大きな瞳で彼を見つめた。
 青年は考える間もなく手を伸ばした。
 そして、自身が持つ不思議な力で、鹿を人間に変えてしまった。

 彼らは家族となった。青年は、愛する人が寂しい思いをしないよう、鹿の群れを次々に人間へ変えていった。大きな角や耳や尻尾の特徴はそのままに、人間とは少し異なる、民族がひとつ形成された。後の巻鹿族である。

 青年は、初代皇帝を名乗った。彼は周りの動物たちを、次から次へと人間に変えて、新たな民族を作り出した。皇帝の名はその後も一族内で引き継がれ、彼らは不思議な力を使い、民族を作ることに尽力した。

 民族たちは大陸全土に散らばった。彼らは生活圏を広げるだけでなく、大陸の端っこで奇跡的に生き残った人間たちを見つけ出し、一族——いや皇族に引き合わせた。

 皇族以外の人間たちは、貴族待遇で迎え入れられた。皇族は血が濃くなることを防ぎつつ、純粋な人間の家系を繋ぐことに成功した。大陸の空気は未だ人間には合わず、皇族と貴族らは宮廷内で大切に扱われている。

 こうしてルドモンド大陸は、動物から生まれた民族たちが、跋扈する世界になった。

 

第二考 皇帝統治後のルドモンド

 皇族はその身に有り余る不思議な力をもって、民族を作り出すことに注力した。多くの民族が新たに作り出された。森栗鼠族、芝兎族、森狐族……森に棲む動物たちから順に作られ、大地、密林、砂漠へと、徐々に範囲を広げていった。

 第7代皇帝は、鳥類の創出に挑戦した。だが飛翔能力を有する人間を作り出すのは難しく、試みは失敗に終わってしまった。初めて成功したのは第12代皇帝になってからである。彼女は無類の鳥好きで、円梟族をはじめとする鳥類民族を5つも作った。

 先代の成功に触発された第13代皇帝は、誰も見たことのない新たな民族の創出を渇望した。そうしてできたのが、2種類の動物から掛け合わせた民族——キメラ民族である。彼は、羊の頭角と猿の尻尾を持つ「羊猿族」を生み出すことに成功した。

 キメラ民族の登場は、後の皇帝にも甚大な影響を及ぼした。皇帝たちは、率先してキメラの創出に挑戦し……多くの場合は悲劇に終わった。彼らの失敗の残滓は、後に怪物として、ルドモンド大陸に大量に放出され、民族たちの生活をおびやかす事となる。

 代が進むにつれて、哺乳類、鳥類の単一民族は、比較的安定して生み出された。あらかた民族にし終えた後は、爬虫類、両生類に分野を広げ、キメラ民族も稀に生まれた。魚類が一番困難だった。多くが海の藻屑と化してしまい、次々と匙を投げていった。第33代皇帝は、哺乳類同士のキメラより、魚類単一は難しいとの見解を述べている。

 ——そもそもなぜ、皇族たちは民族創出に夢中になったのか。
 それは「民族を作れた者」だけが、皇帝を名乗ることができたからだ。

 ルドモンドの皇帝は、世襲制でも代議制でもなく、民族創出者の称号である。
 そのため、同時期に活躍する皇帝は珍しくなく、逆に皇帝不在の時期もよくあった。1つでも新たな民族を作り出す事が、彼らの成功の証であり、富の確保であり、存在意義であった。

 多くの皇帝たちは自身で政治を行わず、実務的なことは民族が代わりに執り行った。

 

第三考 皇帝が生み出した民族たち

 皇帝は、動物の特徴を持った人間たちを生み出した。だがその後、彼らが民族として成立するかどうかは、あまり関与していなかった。同胞たちは互いに協力し、子供を産み、生活を確立して行かなければならない。

 突如、大陸に生み出された赤子のような彼らが、一民族として自立できたのは、ルドモンド大陸最初の民族——巻鹿族の尽力が大きい。

 巻鹿族は、常に民族たちのリーダーとして振るまった。皇族の腹心として、生まれたての民族ごとに、生態にあった自然圏への移動を促し、生活の基盤を整えるための貢献と助力を惜しまなかった。

 多くの民族たちは、皇族と巻鹿族に敬意を払い、繁栄すべく努力した。が、しかし従順な者ばかりではない。皇族に叛旗を翻し、自ら没落の道へ歩む民族もいた。だがそんな血気盛んな民族たちは極少数で、衰退した民族のほとんどは、絶対数が足りずに消えていった。

 人として、行動不可能な形状で生み出され、死んでいった者たち——。
 繁殖は成功するも、人としての理性を失い、怪物と化した者たち——。

 民族成立には多くの失敗と消滅を繰り返したが、皇帝たちは何度もめげず改良し、新たな民族を作りだした。

 様々な興亡を繰り返し、初代皇帝が初めて鹿を人間に変えてから、4570年後の現在、ルドモンドで暮らす民族は約200族。役所や学者によって、203だの205だの定義は分かれるが……これは些細なことだ。
大事なのは、この数が「今後減ることはあっても増えることはまずない」という事である。

 それはなぜか。

 現代の皇帝は、もう何十代も前から、民族を作り出す力を失っていた。神のごとき甚大なる不思議な力を、彼らは既に使い切ってしまったのだ。これについては第三章「アルバとは何か」で詳しく述べている。

 

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