第四章 民族について

第十考 民族について

 民族の成り立ちについては第一章で詳しく述べたが、実際に民族とはどういう者なのか説明していこう。

 民族を大きく分類すると、哺乳類、両生類、爬虫類、鳥類、キメラがいる。魚類民族については何種類か生み出したが、みんな海の奥へ逃げてしまい、定着したかは把握できずに終わっている。ただ、海生哺乳類は数種類の民族が定着した。ほとんどが海沿いに住み、軍人や漁師、養殖業として働いている。

 民族はそれぞれ元の動物の身体的特徴や食嗜好を持っている。昼行性、夜行性に分かれ、冬眠する民族もいる。その多くが動物に適した自然環境で暮らしているが、普通の人間が過酷な場所へ順応していったように、民族たちも、衣類や建築など科学の力によって、不適当な環境で暮らすガッツのある者もいる。

 民族は頭角や尻尾はもちろん、身長や体格も大きく異なる。対応する衣服を作らねばならず、仕立て屋は常に忙しい。尻尾の穴あけ専門の服屋もあるくらいだ。毛むくじゃらな民族も多く、古代は裸で過ごしていた時代も長かった。皇族と違い、役割のなかった貴族たちが、民族のために衣類を仕立て、生地や染料の生産方法、紡ぎ方や織り方などを熱心に教えたとされている。

 食嗜好は、主に草食、肉食、雑食、昆虫食に分かれている。様々な民族が集まる市場は、人間の食物よりはるかに多様な食材が並んでいる。雑食のためにナッツや果物。昆虫好きには毛虫や甲虫。草食のための麦や米や野菜に乾燥草。肉食用の豚肉や牛肉や鳥肉……などなど。

 動物の肉が並ぶ件について、肉になりやすい民族たち(豚族、牛族、鳥族など)は、どう思っているのだろうか。民族揺籃期は揉めに揉め、配慮したり排斥したりと大変だった。時代が進むにつれて慣れたのか、今では誰も気にしない。むしろ同じ民族による、動物解体ショーすらあるほどだ。さすがにこれは悪趣味だとされていて、見世物小屋でコッソリ行われている。

 また、生殖は同じ民族同士でしか叶わない。例えば、森栗鼠族と土栗鼠族。同じ栗鼠なら一見可能に見えるが、どうしても不妊、流産、奇形児の発生率が高く、現在は法で禁止されている。同民族の生殖を維持するため、民族ごとに結婚案内人がおり、どんなに辺境な地域でも充実した婚活サービスが受けられる。

 生殖は禁じられているが、結婚は異種でも可能である。異種婚と言われ、これについては過去に何度も論争がおき、一族間の骨肉の争いや心中沙汰を招いてしまった。皇暦2500年代のシュタット州における金熊族の青年と泉牛族の令嬢の悲恋は有名で、小説や舞台化もされた。今年、映画化も予定されている。自由恋愛を重んじるようになった現代は、ほとんどの州が異種婚を認めているが、中には禁じている州もある。

 次の考で、一族ずつ紹介しよう。

 

第十一考 民族目録

 現在ルドモンドには約200もの民族がいる。
 分類の中で最も多いのが哺乳類で、最も少ないのが両生類だが、彼らは爬虫類とまとめられがちなため、実質キメラ民族が一番少ない。分類別にいくつかピックアップしたので、紹介しよう。

──哺乳類──

巻鹿族
 いわずと知れた、ルドモンドで最初に生み出された民族だ。鹿のようにスラリとした体躯の持ち主が多い。動物の鹿と違い、性別問わず立派な鹿角をつけている。アルバや権力者にも多く、特に古代から続くアルバ家系のエクセルシア一族は、数々の呪文を発明した大陸で最も有名な一族である。草食。

森栗鼠族
 ふさふさな前髪にモフモフな尻尾を持つ。ドワーフのようなずんぐりした体躯が多い。巻鹿族の次に生み出された民族である。草木と自然を愛し、美しい庭があったら森栗鼠族の家だと思っていい。ちょこまかした動きを生かして意外と軍や警察でも活躍している。雑食。

芝兎族
 可愛らしい兎の耳に、たくましい太股と足腰を持つ。俊敏で身体能力が非常に高い。性格は愛嬌があり親切だが、自立心が非常に強く、心の中ではあまり他人を信用しないフシがある。芝兎族の兄弟を題材にした魔術師の絵本シリーズがある。草食。

星白犀族
 色白で、鼻穴の上に大きな犀の角が2本ある。力が非常に強く、心優しい。耳は意外と可動域が広く、歩くだけでぴょこぴょこ動く。第10代皇帝が、砂漠で夜に瞑想を続けて生み出した民族とされる。信仰心が強く、神職に多く就いている。草食。

土栗鼠族
 小さな耳に小さな尻尾を持つ。名前の通り土を好み、山や土木関係の仕事に就いている事が多い。生真面目で何事にも粘り強く当たる。乾燥地帯であるシュタット州に多く住んでいるが、山とあればフットワークが軽いので人口範囲は広い。雑食。

砂鼠族
 鼠の丸い耳に、しなやかで細長い尻尾を持つ。ルドモンド民族の中でもひときわ家族愛が強く、一家総出でバリバリと働く。家族愛が強すぎて兄弟がなかなか結婚しないため、多産のわりに人口はあまり増えないようだ。雑食。

円猫族
 猫の耳に尻尾を持つ。顔が丸く小柄な人物が多い。性格はしたたかで、ちゃっかりしている。金にがめついが、その後の金銭管理はいい加減である。フットワークが軽く、だいたい大陸のどこにでもいる。気づけばあなたの後ろにもいる。肉食。

桃白豚族
 ツヤツヤとしたピンク色の肌を持ち、綺麗好き。たとえ貧しくとも、身に着ける衣類はなるべく高級なものを選択する。オシャレすぎる農民はだいたい桃白豚族だと思っていい。髪のセットと尻尾のカールに命を懸ける。あまり深くは考えず、信念のままに猛進する。雑食。

崖牛族
 保守的な思考の持ち主で、不便でも昔の暮らしを有難がったり、古い物をなかなか捨てることができない。非常に正義漢が強く、見ず知らずの他人まで必死で守ろうとするため、警察官に多い民族だ。泳ぐのが苦手なので軍部にはあまりいない、泳ぎは泉牛族の分野だと思っている。草食。

青羆熊族
 ルドモンドで最も大柄で身長が高い民族のひとつ。内向的で、人と長時間仕事することを疎むが、短時間の触れ合いは嫌いではない。そのため一国一城の店を持つことを好み、飲食業に多い。大きな手を器用に動かし、繊細な料理を作る。雑食。

金熊族
 だいたい金とつく民族は王様志向が強い。金熊族も例外ではなく、シュタット州を支配し王様然としている一族がいる。青羆熊族よりひとまわり背が低く、見た目はずんぐりしている。性格は豪快で豪奢なものを好む。金髪が多い。雑食。

蟻食族
 人差し指と中指が肥大していて、大きな曲がり爪を持つ。緊張したり集中すると長い舌をチロチロ出す癖がある。アリクイの仲間はこの蟻食族しかおらず、どこか孤独を感じている。顔立ちが似ているせいか洞穴熊族と仲がいい。市場では食糧の調達がなかなか大変なため、一族で専用蟻塚を養殖している。蟻食。

黒輪猿族
 陽気な性格で、人前に立つことを好む。しなやかで長い縞模様の尻尾と身体を活かし、ダンサーを生業とすることが多い。家族愛が強いが女系社会のため、男は孤立しがちである。黒輪猿族の少年は吟遊詩人として旅人になる夢をよく見る。飲み会には必ず中心にいる。雑食。

森狐族
 夜行性。森と名づいている民族は比較的早くに生まれた民族である。堂々とした尻尾と耳を持つ。好奇心が強く、情報通が多い。家族愛はあるが、同時に旅と自由を愛するゆえ、離れていても信じる心が強い。燃えるような赤髪が多いが、たまに黒髪の人間もいる。肉食。

洞穴熊族
 夜行性。白と黒のツートンカラーを好む。静寂と安定を好み、じっくりと本を読んで思索にふけるので学者に多い民族だ。ただしアルバにはあまりいない。神経質で時間に厳しい一方で、カッとなると自暴自棄になる面も持つ。雑食。

──鳥類──

円梟族
 夜行性。鳥好きな第12代皇帝が生み出した、鳥族の中では最も古くからある民族のひとつ。温厚でずんぐりとしており、のんびりコツコツと努力する。手が翼になっており、どうみても不便な見た目だが、意外と器用に動かせる。肉食。

灰兎梟族
 夜行性。マイペースで何を考えているか分からないとよく言われる。しかし身体機能は高く、中でも反応速度はかなりのものだ。耳のような羽角を持つが、自分では動かせない。円梟族と違い新しくできた鳥類民族のため、背中に翼が生えている。肉食。

蒼鷹族
 きりりとした鋭い瞳と、背中に煌めく青い大きな翼を持つ。鳥類の中で、もっとも強靭な民族のひとつ。崖が多いルオーヌ州に多く住んでいる。昔、怪物によって一族まるごと亡くした過去があるため、常に武器を隠し持ち、危険に備えて鍛えている。肉食。

──爬虫類・両生類──

金鰐族
 金色の鱗の立派な太い尻尾を持つ。金銭面に鋭く、リーダーシップも強いが、強欲な傾向がある。実業家や政治家に多いが、家族同士でもいがみ合うので、家系があまり長続きしない。食事をすると涙を流す。肉食。

火蜥蜴族
 沼地であるリオザ州を支配している一族のひとつ。背が高く、しなやかで強靭な見た目をしている。他の民族よりマナ多量保有者が発生しやすいが、珍しくないためかあまりアルバになりたがらない。現代でも尻尾を切る私刑法がある。雑食。

蟇蛙族
 夜行性。ずんぐりした民族で頑固で偏屈な性格が多い。孤独を好むのであまり結婚しないが、卵を大量に産むのでなんとか人口が保たれている。真面目に勉学に取り組むので、両生類・爬虫類民族の中では学者やアルバになる率は高い。昆虫食。

──キメラ──

羊猿族
 第13代皇帝によってルドモンドで初めて作られたキメラ民族である。羊の頭角に猿の尻尾を持つ。その成り立ちから、最も叡智に近い民族とされ、アルバ家系にも何家族か名を連ねる。性格は猿の面が強く、通常の羊族よりも喧嘩っぱやい。一方嗜好品は羊寄りの草食だ。

猫狼族
 猫の耳に狼の尻尾を持つキメラ民族である。第13代皇帝が2番目に作り上げた。キメラを2族も作ったのは100代以上続く皇帝の中で、結局彼ひとりだけに終わった。猫のようなしなやかさと狼の強靭さを持つ。性格はかなり喧嘩っぱやい。肉食。

 

第十二考 哀しき怪物たち

 ルドモンドには怪物も存在する。彼らは自我を失い凶暴化してしまった元民族である。その多くはキメラ民族の過程で作られ、複数の動物的特徴をもち、異形の体躯をしている。厄介なことに、彼らには人間的知性が僅かに残っており、一般的な動物よりはるかに狡猾である。

 現存しない民族の多くは、緩慢と自然的に絶滅してしまった。だが、中には凶暴化の遺伝子に目覚め、あるいは人間より動物としての気性が上回り、民族世界から追放されてしまった者もいる。怪物と化した彼らは皇族や民族に憎しみを抱き、悪さをしてくる。

 ──いや、そんな憎しみを持つ怪物は、本当は少ないかもしれない。多くの怪物たちは、ひっそりと自分たちの暮らしを満喫しているのかもしれない。だが人里へ現れる怪物たちは、みな憎しみを抱いているかのごとく、民族へ向かって襲いかかった。町がまるごと怪物に食い尽くされてしまったルオーヌ州トルプ崖の悲劇は記憶に新しい。

 民族の定着は、怪物との抗争の歴史でもあった。民族たちは怪物となった元同胞を憐れみ、境界線を引こうとした。度重なる追放と努力の末、現代の怪物たちは、禁断区と呼ばれる各州の奥地で暮らすようになった。民族らは怪物が生活圏内に流入しないよう対策を強いられており、専門の職業もいる。

 このように民族側が、積極的に怪物を絶滅に追いやるのは法で禁じられている。自然消滅に任せているが、彼らもしぶとく繁殖活動をしているのか、現代でもなかなか減ることはない。

 民間人が禁断区に入ることは許されないが、軍や警察、アルバなどの公職は例外である。対策しておかないと対応できないため、駆除の練習が許可されている。ただし怪物の強烈な保護団体もいるため、外部に漏れぬよう練習はひっそりと行われている。

 

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