第五章 貨幣と銀行の成り立ち

第十三考 貨幣と銀行の成り立ち

 皇暦以前、ルドモンドは物々交換で成り立っていた。初代皇帝後、ようやく少量の金属類による貨幣らしきものができたが、伸ばした青銅や粒状の貴金属など、形状も価値も統一されていなかった。

 皇暦500年頃、アルバが銀貨と銅貨による最初の統一貨幣、シスとルーを提唱した。しかし民族勃興期でなかなか足並みが揃わず、流通は帝都近郊のみにとどまっていた。各地域で生産物や嗜好品が異なるため、ある地域では貝や珊瑚、ある地域では麦や蜂蜜が貨幣がわりになっていた。

 本格的に貨幣が流通し始めるのは、州が正式にでき始めてからである。皇暦870年、帝都コンクルーサス州を中心に、大陸を放射状に8州に分けることにした。そして帝都から大陸の端まで続く州街道を建設し、各地方の流通をスムーズに行えるようにした。

 流通したのは物だけではない。民族も大量に流動させた。帝国は金銭管理用に、当時もっとも堅牢な作りである円形状の石材建造物を各地に作った。これがのちの銀行である。

 帝国から直接雇われていた彼らは、仕事が終わると、その建物に並んで賃金のルーを得ていた。円形のドーム屋根の建物の下で、ずらりと円状に大人しく並ぶ様子を、ドームの亡者「Dommy」と自嘲し、銅貨ルーはいつの間にかドミーと呼ばれるようになった。

 さて皇暦1603年、長年作り続けてきた州街道がついに完成式を迎えた。街道最後の集落が、海沿いにある銀鉱山の町グレス。それを機に銀貨シスはグレスに名をかえ、正式にグレスとドミーとしてルドモンドの貨幣として流通するようになった。

 やがて富を持ち始めた民族たちは、グレスだけでは金の単位を賄いきれなくなってきた。そこで登場するのが1グレスの100倍の価値を持つ金の延べ棒——イゴである。イゴの名前の由来は、金の神様ドルーミ・イゴ。

 そう、ルドモンドには神様がいる。

 

第十四考 宗教と曜日の関係

 皇暦以前、ルドモンドには人間が信仰している神様がいた。
 各地域で姿や名前は違うものの、神々は自然や事象、祭りや仕事などに対応し、人間たちは神の祭壇を作り、日々の暮らしの合間に崇めた。しかし災厄で多くの人間が消失すると同時に、神々も失われた。

 皇族たちは、かつて一族が信仰していた神を忘れぬよう丁重に扱った。また、わずかに生き残っていた人間——現在の貴族からも、どんな神様を祀っていたか蒐集し、その神々も共に祀り始めた。このように、皇族と貴族たちは熱心に神を信仰した。

 だが、民族は無頓着だった。
 多くの民族にとって、信仰の対象は神ではなく、皇帝だったのだ。神を信仰していた民族も中にはいたが、ごくわずかだった。やがて一部の皇族信者により「皇帝同神論」が唱えられるようになる。ついに過激派も現れ、人間神の信仰は異端だとして破壊活動を始めてしまった。

 時は皇暦2700年代、破壊活動は皇族の耳にも入り、内容を知って仰天した。皇族たちの理想と完全に真逆の行動だったからだ。それまで、神と宗教について民衆への啓蒙活動をあまり行ってこなかった。皇族たちは反省し、アルバとともに対策を考えた。

 当時、街道と港が整備され、大陸外からの輸出入が本格的に始まっていた。輸入された物の一つに「曜日」の概念があった。それまで季節と星座の動きから、年や月の概念はあったが、その区切りや明確な日数については曖昧だった。

 輸入された「曜日」は向こうの神々の名前がついていたが、各地で勃発し始めた「皇帝同神論」を収めるべく、アルバらは、これをルドモンド独自の神に変更し、導入することを提言した。皇族も貴族も率先して賛同し——この選定にかなり揉めるのだが——何度も話し合いを積み重ね、曜日に対応した「七曜神」が誕生した。

 

第十五考 七曜神と誕生日

 金曜日きんようび銀曜日ぎんようび火曜日ひようび地曜日ちようび水曜日みずようび風曜日かぜようび森曜日もりようび
 これが、現在ルドモンドで使われている曜日である。
 対応する神々「七曜神」は以下の通りだ。

 

金の神 ドルーミ・イゴ
 金、富、貨幣、公正、裁きを司る。
 鉱物の金、富、貨幣を象徴する。
 金色やゴールドで表される。
 まっすぐな瞳の老婦人で、右手に硬貨の袋、左手に天秤を持っている。
 富の繁栄を願う神だが同時に起きる争いを憂い公正と裁きを下す神でもある。
 銀行や司法の場で礼拝されている。

銀の神 バッソ・カルロ
 愛、恋、性愛、美、香りを司る。
 愛の神で、民の恋路を応援する。美の神でもある。
 銀色やシルバーで表される。
 髪を巻いた美青年で、右手に銀器、左手に香油の壺を持っている。
 彼の持つ銀器は、愛の証であり、恋の呪いであり、性愛の道具でもある。
 結婚式や美容、ファッション店で礼拝されている。

火の神 ルーマ・リー・クレア
 火、鍛治、陶工、歓迎、奮起、汗、運動を司る。
 筋肉質な女性で、右手に火鉢、左手にろくろを持っている。
 赤色、ルビーで表される。
 燃えるような情熱を持ち、右手の火で鉄を打ち、左手の火で土を燃やす。
 彼女の元へ来る客を歓迎し、汗を流させ奮起を促す。運動の神でもある。
 鉱山や工場、運動場で崇拝されている。

地の神 マルク・コエン
 土、家、農民、豊穣、貯蓄、守護を司る。
 禿げ頭の農夫の老人で、両手に麦の穂を持ち、肩に鳥が留まっている。
 黄色、琥珀で表される。
 土地と家を守る守護神である。
 彼の持つ麦は尽きることなく、民の飢えを満たす。
 農家という立ち位置ゆえに大陸でもっとも信仰されている。
 農家、軍や警察で礼拝されている。

水の神 イホラ・サシュ
 水、平等、清浄、許し、便通を司る。
 半分目を閉じ、水のドレスを纏っている。
 青色、サファイアで表される。
 水には性別がなく透明であり、全てに平等である。
 川神であり、海や湖の神ではない。
 心の醜さや体の老廃物を洗い流す、許しとお通じの神でもある。
 食堂や酒場、病院で崇拝されている。

風の神 リンド・ロッド
 風、旅、便り、情報、自由、運命を司る。
 爽やかな細めの好青年で、右手に巻物、左手で帽子を押さえている。
 緑色、エメラルドで表される。
 手紙を運び、旅路の加護を願う。手紙は情報を表す。
 帽子を押さえるのは運命を風に左右されず自らの意思で決める事を意味する。
 交通や郵便、新聞社で礼拝されている。

森の神 ミフォ・エスタ
 森、本、知性、沈黙、癒し、思索を司る。
 目をつぶる髪の長い女性で、右手に羽根ペンを持ち、左手で本を読んでいる。
 黄緑、ペリドットで表される。
 森の木かげは沈黙と安らぎを与える。
 勉学の神で、知性と思索を尊ぶ。学者やアルバの神でもある。
 学校や役場、本屋で崇拝されている。

 

 七曜神は、百柱近い神々の中から、皇族とアルバらが熟考し、性別や職業、役割などバランスを吟味されて選出された。そのため非常に親しみやすく、曜日の概念とともに、瞬く間に民族たちに広まった。

 彼らは家業や仕事場に、対応する神の祭壇を飾った。ひとつの神にこだわる事なく、結婚式は銀の神、豊穣祭は地の神、入学式には森の神といった、祭りや日々の暮らしに応じた神々を、満遍なく信仰した。休日は「神々に休んでいただく」という名目のもと、職業に応じた曜日に休むようになり、生活の質も向上した。

 こうして神の信仰は、皇族信仰とは切り離され、民族たちの暮らしの中へ根付いていった。これにより皇族への信仰心がグッと薄まっていく事になるのだが──この時はまだ誰も知り得ず、皇族は自分たちの神々が無事広まった事に安堵した。

 

photo Olichel by pixabay