第七考 アルバとは何か
ややこしいことに、アルバ家系者の政治家の多くは「アルバではない」。
一体どういうことか。アルバとは何だろうか。
アルバとは魔術師。大陸ルドモンドにおける、帝国魔術師のことである。
年に一度試験が行われ、正式に認定を受けた者だけが、その職を名乗ることができる。アルバに必要なものは、知識と慧眼、探究心、そして、体内に有する不思議な力——古代の皇族が莫大に持ち、現代の皇族が失ってしまった不思議な力——を多量に有していることが、アルバになれる条件である。彼らは魔術を学び呪文を操り、生涯を学術研究に徹し、帝国に仕えている。
その歴史は古く、宮廷が整いはじめた4000年前に遡る。古代ルドモンドの学者は、宮廷庭園の東屋に集い、学問や研究を行った。ツタの葉が鬱蒼と巻きつく東屋と一体に見えるほど、知に打ち込む彼らを見て、民衆はいつからか彼らを東屋そのもの、「Arbor」と呼ぶようになった。
アルバからは、多くの発明と発見が生まれた。巻鹿族の主導のもと、生まれたての民族たちが、いかに大陸上で生き残るかが命題だった。それこそ他の地球上の文明に引けを取らぬほど、学問と研究が進められた。
自然な成り行きで、アルバの家系というものが出てくる。彼らは権力を持つようになり、学者のみならず多くの政治家、実業家を輩出した。もっとも有名で偉大なアルバ家系といえば、巻鹿族のエクセルシア一家だろう。優れた呪術家を輩出し、魔術史に残る発見を数多く残し、現在でも強権を誇っている。
さて、アルバは元は「学者」という意味の言葉だったが、いつしか帝国魔術師のみを指す言葉となった。これは、皇族たちが不思議な力を徐々に失ってしまった事と、深い関わりを持っている。どういう経緯でこうなったのか詳しく説明していこう。
第八考 マナと呼ばれる不思議な力
長らく「Marvelous Natural Power (不思議な力)」と称されていた皇族の力は、後のアルバによって正式に「MaNa (マナ)」と命名された。以後、呼び名はマナで統一する。
皇帝が生み出した民族たちは、マナを体内に有している。それは皇族が持つ量に比べたら、ほんのほんの微量に過ぎなかったが、ごく稀に莫大な量を持つ者が生まれていた。マナはある程度自覚できる。自分の中に、砂時計の砂粒がザラザラ移動する感覚だ。ほとんどの民族は一つまみ程度のマナしか持たなかったが、稀に手足全部や、下半身が浸かるくらいの、多量にマナを感じる者が生まれてきた。
古代のアルバ(この頃はまだ学者のことを指した)たちは、彼らを効果的に活用できないか研究し始めた。彼らはまず民族発祥の神話から、この力が「民族を作り出す」だけなく、炎から体を癒す力——「治癒」にも使えることに着目した。だが民族である彼らには、民族を作り出すことはもちろん、治癒の力すら、どうすれば叶うのか分からなかった。
アルバと対象者は共に研究を続けた。対象者は大陸をあげて捜索され、見つかり次第、宮廷に連れてこられた。長い間過ごすうちに、アルバと結ばれる機会が多くなるのは自然な事だった。マナの量はある程度遺伝する。必然的にアルバの家系は、マナを多量に持つ人物が多くなっていった。
アルバ自身がマナの多量保持者となり、研究は加速した。体内のマナを意識する方法、増やす方法、コントロールして、放出し、回復する方法など次々に編みだされていった。1000年にもわたる研究の結果、ついに最大の発明——「呪文」という概念が生み出された。
第九考 呪文の発明と魔術の発達
マナは願いを込めて空中に放出すると、願いを叶えられることが分かった。皇族より圧倒的に少ない量でそれを叶えるには、マナを体内に「集中」させ「言霊」を使うことで発揮できることが判明した。
初めて呪文が公開されたのは、皇暦1613年のこと、施行者は巻鹿族エリーナ・エクセルシアである。彼女は宮廷の舞台演芸場で多くの観衆が見守るなか、彼女の夫が自ら松明でつけた火傷を、呪文を唱えて治してみせた。
これが、ルドモンド誌における、呪文の始まりである。
いや、魔術の始まりであり、魔術師という職業の始まりでもあった。
マナの研究はここから加速度的に進化していき、数多くの呪文が生み出された。呪文を作り出す学問を「呪学」と呼び、呪文やマナに関わる総括的な学問を「魔術」と呼んだ。呪文を唱えるには多量のマナが必要であり、自身がマナを有していないと、魔術・呪学研究は進まない。
不満だったのは、マナを持たざるアルバである。時は皇暦3000年代初頭。この頃になると、宮廷で研究を許されたアルバは、マナ多量保持者が半数を超えていた。皇族がいかに民族を生み出すか争ったのと同様に、アルバたちも呪文を生み出すのに夢中になり、当然、魔術以外の学問はすっかり滞っていた。
この状況を憂いたアルバ統括長は、皇帝に、魔術研究を制限するよう提言した。ルドモンドに住む民族のほとんどが、マナをろくに持たず、呪文を打てるわけでもない。それよりも数学、理学、工学、社会学など、誰もが必要とする学問を重視し、広めて行くべきだと。この提言は、マナを持たざる学者たちや魔術過熱を疎んじてた政治家たちから喝采され、熱烈な支持を集めた。
だが、皇帝の意見は違った。
アルバを魔術専門職にし、実学とは別に研究を続けていくべきだと諭した。
当時の皇帝は186代。皇帝不在状態が長引いた末の皇帝である。彼は何十年もかけてようやく1民族を生み出し、皇帝の座についた人物だが……古代から続く皇帝のあり方に、強い疑念を抱いていた。ルドモンドはすでに災厄の惨禍は薄れ、自然豊かで活気ある土地に戻っていた。民族を興す意義はとっくに薄れており、いかに持続させていくかの段階だった。
また、彼は皇族たちの持つマナが、初代皇帝の頃に比べて急速に失われつつあるのに気づいていた。このままでは皇族からはマナが枯渇し、貴族ともども、大陸の空気下では生きられなくなってしまうとも。しかし、長い間ルドモンドに住む一族が、大陸の外を飛びだし、無事に生き続けられるかは定かではなかった。
皇族たちは、権威を持ち続けながら、民族のマナを利用して生かしてもらう必要があった。
皇帝は、アルバを魔術師として認定し、魔術研究を重要視して行くことに決めた。
彼はアルバを魔術師にするにあたり、いくつか取り決めを行った。「アルバはマナを多量に有し、呪文を使える者に限定する」「正式な資格として皇帝が授ける形を採る」「魔術以外の実学も併行して研究する」。魔術師のアルバ以外はすべてただの学者になり、アルバとは別の場所に切り離し、通常の学問研究を進めることになった。
この決定は「アルバ」という永らく続いた誉ある呼び名の根本を揺るがす大事件であり、多くの争いが勃発して血が流れたが——皇帝の決定事項は動かせず、現在に続く形として定着した。
photo Engin_Akyurt by pixabay