第15章【Memorial party】葬礼饗宴1

[意味]
・追悼会、慰霊祭、(仏教における)供養
・ルドモンドにおける葬儀形式のひとつ。

[補足]
「Memorial」は「記念」「思い出」を表す形容詞であり、「死者の追悼」「形見」をも意味する。


 葬式。

 それはもっとも原始的で、人類が脈々と受け継いでいる式典のひとつだ。
 ルドモンド大陸にも、もちろん葬式がある。州や地区、民族、家系、宗教により大きく形態が異なっている。ラヴァ州サウザスでは家や民族に関わらず、同一の形で葬儀を行う。【葬礼饗宴 (メモリアル・パーティー)】、あるいは【最期の茶会】とも言われる形式である。

 【葬礼饗宴】とは、故人が家族とともに行う最後の宴会である。宴会をした後、火の神様の加護による火葬を受け、骨箱に納められ墓地に埋葬される。

 遺族はまず故人に白いおくるみを着せ、化粧を施し、パーティー会場へ移動させる。会場は、家の広間や庭先、公園、寄合所などなど。故人が信仰していた神の祭壇をこしらえ、捧げ物をし、近しい親族や友人らと食事会を行う。食事内容は、故人の好物、神の好物、家庭料理や郷土料理。酒やお茶も惜しみなく自由に振るまわれる。

 そして皆で【最期の茶会】を終えたあと、遺体を棺馬車に乗せて火葬場へ運ぶ。サウザスでは、鍛治・製鉄を司る《火の神ルーマ・リー・クレア》を信奉神としているため、葬式はすべて火葬で行われる。北区の東端に神官の住まう火葬場があり、サウザスの民は——身寄りのない者や旅人も——ここで等しく世話になる。

 火葬は、まず家族が故人へ葉冠と花束を手渡し、まんべんなく聖油を振りかける。家族がいない場合は神官が代わりに行う。そして祈りを捧げられながら、ルーマ・リー・クレアの炎に包まれ、焼かれていく。数時間後、美しい骨と灰になった遺体は、埋葬用の箱に納められ、祭壇場へ迎うのだ。

 祭壇場とは、共同墓地の入り口にある木製の屋外舞台である。屋根つきで雨天時も安心だ。(ただし、政治家や俳優などの有名人は、もっと豪勢な場所で大々的に行われる事もある)サウザスの共同墓地は、区ごとに分かれており、北区は火葬場のすぐ傍に、西区は南西端に、東区は貧民街の隣の南東にある。由緒正しい家系は別所に墓があるパターンもあるが、ほとんどの住民はこの共同墓地へ眠りにつく。民族や家系ごとに細かく区分され、身元不明者用の墓もある。

 いよいよ墓地内の祭壇場にたどり着いたら、最後の葬儀──埋葬の儀を執り行う。埋葬は、まず神官による祈りの詞から始まっていく。参列者は、故人の思い出や心のうちを語りあい、ひと通りスピーチが終わると皆で別れの歌をうたう。最後に、生と死を司る《光の神デズ》と、闇と願望を司る《夜の神モルグ》へ、故人の魂を見守りくださるよう祈りを捧げ、遺骨を墓へ埋葬する。

 葬儀は1日で終わることもあれば、数日かけて行われることもある。災害が起きたときは共同葬儀を行ったり、伝染病の時はすぐさま火葬し、茶会やお祈りは後で行うこともある。遥か昔にサウザス勃興の父、ブライアン・ハリーハウゼンが亡くなった際は、1ヶ月も葬儀が行われたが、これは例外中の例外だろう。彼の墓は、西区の公営庭園に眠っている。

 今日は3月10日、風曜日。

 東区貧民街の一角で、元新聞記者の老婆、ジーン・フェルジナンドの葬儀がしめやかに進められていた。

「見てみてこのキルト、ジーンが好きだった緑色よ、これも着せてあげましょうよ!」
「アーサーちゃん、ウチからも差し入れ。仔牛のレバーとインゲンのスープ。問題ないわよね?」
「ちょっとォ、椅子が足りないわ!もっと持って来れる人いる?!」

 貧民街の寂れた古アパート『ジュード』は、いつになく活気で満ちていた。内庭で行う最期の茶会に、アパートの住民たちが差し入れを持ち寄り、てきぱきガヤガヤと宴会の準備をしている。

「ジーンは風の神様の信者よね? ウチにニシンの酢漬けがあるの、持ってくるわ」
「見てみて、バゲット買ってきたわよ! サンドイッチを作るわね!」
「じゃあアタシは香草焼きでも作ろうかしら。アンタ、市場からサーモンを買ってきて!」
「ちょっとォ、物干し台が出しっ放しよ! 倉庫にしまってちょうだい!」
 アパート2階の開け放したドアの小窓から、外の喧騒が風に乗って聞こえてくる。

「……やれやれ。フェルジナンド家の特製パイが、一番ショボくなりそうだ」
 アーサーは苦笑しながら、スパイスをたっぷり入れた雉肉パイを包み終わり、オーブンへ投げ込んだ。  

 空は晴れ、雲が伸びやかに漂っている。寒さが明けた春の陽気に、小鳥たちが歌いながら羽ばたいている。【葬礼饗宴 (メモリアル・パーティー)】にふさわしい昼の始まりだった。

 パーティーは、フェルジナンド家が長年棲む『ジュード』の中庭で執り行われる。井戸と下水溝に囲まれた中庭は、普段は盛んに洗濯が行われ、洗濯桶や物干し竿が転がっている。亡くなったアーサーの母ジェシカも、ここで洗濯婦として働いていた。

 今日は洗濯は行わず、各家庭から持ち込まれたテーブルと椅子が並べられ、茶会準備が整っていた。隅に置かれた大きな洗濯桶では、子供たちが水を張り、ちょっとしたプール代わりに遊んでいる。まだ3月だというのに子供は寒くないらしい。

 パーティー会場の一番いい位置、藤で編まれた椅子の上に、年老いたジーンが微笑みながら眠っていた。彼女の左隣には、土レンガを積んで作った、風の神様の祭壇が組まれている。祭壇の下には、神の好物であるレモンとオリーブ、ハーブを少々飾る予定だ。祭壇の上には、フェルジナンド家の家宝である、風神の石小像が置かれている。この像は50年前、新聞記者になったばかりのジーンのために、夫ロジャーが贈ったものだ。

《風の神リンド・ロッド》は、風と旅を司る、情報と自由と運命の神様である。

 爽やかな青年の姿をし、右手に手紙を持ち、左手で緑の帽子を押さえている。風に乗って旅をして手紙と情報を届けに行く。彼が帽子を手で押さえているのは、運命を風に左右されず、自らの意志で決めることを表している。

 新聞記者を生業とするフェルジナンド家では、もっとも信仰すべき神様であり、毎朝ジーンは暖炉に置かれた石小像へ、家族の無事を願っていた。風神のモチーフカラーである緑色の家具や家財を多く置き、アーサーの付けているエメラルドのピアスも、ジーンが退職金から贈ってくれたものだった。

 そんなジーンの右隣には、夫ロジャーの写真が飾られている。彼は、息子フィリップが生まれてすぐに流行り病で亡くなった。

「ふふ。ジーンは良い男2人に囲まれてご満悦よ」
「あらやだ、それは良いけど、フィリップとジェシカの写真はどこ?」
「ここよー。ロジャーとアーサーの席の間に置きましょうか」

 ご近所さんは、103号室のジーンの部屋を家族同然に出入りして、必要なものを並べていく。そのキッチンでは、北区に住むジーンの従姉妹ルーミーが、朝からレーズンとクルミ入りの大麦パンを練っていた。

「アーサー、風神様の好物はどうしたの? アタシたちが買ってきましょうか〜?」
「いいえ、市場の馴染みの青果店に頼んでいますー! 12時に届く予定ですー!」

 アーサーは、庭から小石のように飛んできた問いかけに、オレンジを小型ナイフで剥きながら怒鳴って答えた。パーティーのラストに出す予定の、フェルジナンド家・特製オレンジケーキ——その材料はいまだ大量に、チャプチャプと水甕に漂っている。

 アーサーはため息をつき、2つのピアスを付けた左耳たぶを、爪の先でカリカリ掻いた。