第四考 ルドモンド大陸の地誌
皇帝の現状の前に、ルドモンド大陸の地誌について詳しく話そう。
ルドモンド大陸は、災厄から4500年以上経過した今も、異常な大気で覆われている。通常の人間は大陸に入れず、また民族も大陸から離れて生きる事ができない。そのため、交易は大陸外周の海上で行いつつ、外部の侵略を免れながら、地球上に存在している。
大陸は現在、皇帝の住まう帝都を中心に、全部で20州に分かれている。帝都は内陸の中央コンクルーサス州の中心部にある。「都から近い州ほど治安が良く、遠いほど無法地帯だ」というのが一般的な認識である。(もっとも遠州民から言わせれば、内陸にいくほど政治が腐敗しているそうだ。この手の解釈は個人によって異なる)
では、州の一部を紹介しよう。
まずは帝都のあるコンクルーサス州。
大陸のちょうど中心にあり、州の大部分を帝都が占めている。元は、災厄の生き残りである一族が、絶望して休んだ広大な森だった。森は一部を残しつつ解体され、囲むように宮廷が建設された。皇族、貴族、アルバのほとんどが、帝都の宮廷内に住んでいる。宮廷はひとつの街のように広く、行政と研究が盛んに行われている。皇帝の住む宮殿の最深部には、初代皇帝が鹿と出会った泉がある。
コンクルーサス州のすぐ南はゴルトン州だ。
この州は小さいながらも司法組織を担っている。憲法や法律の制定はもちろん、立派な裁判所がある。ここで裁かれた囚人たちは、南西の湾から船で流され、監獄島ジズベスタ州へ投獄される。
産業で有名なのは北東にあるラヴァ州。ここは鉄鋼業が盛んで、磨かれた鋼は大陸各地に出荷される。その北にあるオックス州は、寒冷地帯。針葉樹による林業が盛んだ。材木のみならず家具も作られている。
厳しい自然で有名なのは、南西部にあるシュタット州。西部で一番広い土地の、ほとんどが砂漠地帯だ。乾燥と砂嵐の中で懸命に生きている。極南西にあるのがリオザ州。ここも哺乳類民族にとっては大変だ。ドロドロとした深い沼地で、爬虫類民族と両生類民族の宝庫である。
グルメな話もしよう。ファンロン州は大陸東のルドモンドで一番大きな州だ。豊かな穀倉地帯であり、温暖で平坦な地形を活かし、麦や米を大量生産している。高原で作られた茶は、風味豊かな高級茶として金持ちの嗜好品だ。また、中央北のルオーヌ州は、広大な葡萄園があり、酒やワインが作られている。崖の多い地域で鳥族の群衆が棲んでいる。
州にはそれぞれ州都が設置され、州街道と鉄道網が敷かれている。鉄道が開通したのはつい最近の出来事だが、瞬時に大陸の交通事情は激変し、古くから州街道沿いで発展してきた宿屋や馬屋は、現在岐路に立たされている。
第五考 軍と警察
古代、軍と警察は明確に役割が分かれておらず、時には軍隊、時には警官として出動していた。現代ではもちろん差別化され、それぞれの職務についている。ルドモンドでは「海に近いほど軍部が強く、大陸中央ほど警察が強い」というのが巷間の常識である。
軍部は主に対外——国防を担っている。
監獄島ジズベスタ州にて造船し、沿海州に軍用設備が建設され、未来にきたる侵略行為を阻止すべく、軍事訓練と沿海警護を重点的に行っている。ルドモンドには天然の大気バリアがあるものの、次々と文明開発が進む近代社会において、手を抜くことはできない仕事だ。
それ以外の分野——大陸内の治安維持は、警察の仕事である。
帝国警察に、州警察、地方警察と細分化され、ルドモンドの治安を担っている。まず地方警察が地域の治安維持活動を行い、地方を跨ぐ場合は州警察が、州を跨ぐ場合は帝国警察が担当する。しかし、帝国警察は帝都内しか力を入れないため、州を超える犯罪活動には、あまり対応できていないのが現状である。
前述の通り、海側であればあるほど警察の力が弱く、軍は民間とは関わらないため、沿海州の犯罪率は非常に高い。軍部としては、スパイや情報流出の恐れが高い海沿いにこそ、警察に力を入れて欲しいのだが……中央集権政府の弱い部分が出てしまっている。
また例外として、帝国調査隊という職もある。アルバのみ就ける専門職で、魔術関係の事件や、呪文による治安維持活動を行っている。時には州を横断し、時には警察や軍の協力を得て、比較的自由に活動できる。
第六考 ルドモンドの政治体制
第一章で述べた通り、皇族たちは政治に関わっていない。それは不思議な力を失った現代でも同様である。純粋な人間である皇族と貴族たちは、アルバによって大気を変化させた宮廷内部でしか生きられないのだ。簡単に外出もできない彼らは、国家運営などままならない。皇族たちは民族創出の大義名分を失った今、必死で生きる意味を模索しているが、それはまた別の機会に話そう。
ルドモンドの政治体制は大きく2つに分かれる。
帝都で行われる中央政治、そして州ごとに行われる州政治だ。
州政治はそれぞれの州で行われ、中央政府は干渉しない。多くの州では州都に議会場を置き、様々な民族から成る議会制民主主義を採っている。中には世襲による民族・家系が独占的な地位にいたり、宗教家が政治を握っている州もある。が、滞りなく税金が納められていれば形式は自由である。州内では地方政治も活発に行われ、選挙の時期は町のあちこちで議論が湧き起こっている。
中央政府は、宮廷内に設置されている。
現行の州政治は選挙制が主流だが、中央では古くから試験制が導入されている。政治家になるには、3年ごとに行われる難試験に毎回突破しなければならない。帝国は誰にでもチャンスのある公平な体制だとしているが、不正の温床だと批判も根強い。試験範囲は多岐にわたり、大陸で最も難しく、合格者のほとんどがアルバ家系の出身者である。