第十六考 子供たちと学校
これは第三章「アルバとは何か」のアルバと学者の軋轢話の続きである。
時は皇暦3050年代。アルバと学者は明確に役目が分けられ、魔術師となったアルバたちは別の場所に移された。伝統ある宮廷庭園から新設した研究所へ、アルバの方が出ていく形になったのは、学者側を立てた皇帝の温情だった。
とはいえ、伝統ある呼び名を奪われた学者たちのプライドはズタズタになり、 長きにわたる議論と闘争で疲弊していた。学者たちは、皇族のために研究を続けてきたのを辞め、民族に還元する方向へ舵を切った。
その活動の一つが、学校である。
それまでも学校はあったが、限られた子弟や門弟による私学校に限られていた。民族たちに学問を広めるため、学校の建設から始まり、教師の育成や教科書の製作も始めた。
最初の学校は、コンクルーサス州の端にある、ロビウッドの森に建てられた。校門の横には、森の神ミフォ・エスタを讃えるキンモクセイが植えられ、学問の向上と発展が祈られた。 以後、学校といえばキンモクセイが植樹されるようになった。 帝都から始まった学校は時間をかけて州都に作られ、やがて各地に広まり、高等学校や専門学校も作られるようになった。
現代のルドモンドの学校は、8歳から14歳まで通うのが主流である。昼行性と夜行性に対応するため、昼夜2部制で開かれているので、働きながら通うのも可能だ。ただし豊かな地方でないと弁当は持参するハメになる。
高等学校や専門学校は、15歳から17歳まで通うことが多い。学校を卒業する15歳から見習いとして就職し始め、18歳から成人とみなされる。大学や学位という概念はなく、学問を行いたい場合は研究者として就職することになる。
第十七考 魔術学校
学者たちが学校を建て始めたのを見て、アルバも魔術学校をいそいそと作り始めた。場所は堂々と帝都内に建設した。寄宿舎付きで、全国各地から通うことができる立派な建物だ。
開校当時は、大陸各地から積極的にマナの多量保持者を見つけだして通わせたが、現代では積極的にスカウトは行っておらず、アルバ家系の子弟がほとんどを占めている。始まった当初は20人ほどの生徒数だったが、今は学年ごとに130名で推移している。
彼らは13歳から17歳まで5年間、アルバになるべく魔術と勉学に励む。なぜ13歳からかというと、学者たちの作る学校と足並みを揃えなかったからである。魔術と呪学の他に、数学、医学、物理学、化学、薬学、歴史学、地学、天文学……ありとあらゆる分野を学ぶ。呪文を打つには、厳密なマナ計算や物理法則、人体構造、歴史的経緯などを把握しないとできないため、多くの知識が叩き込まれた。
卒業時にはアルバの認定試験がある。
合格基準は厳しく設定され、生徒全員が自動的にアルバになれる訳ではない。試験は卒業後も何年か受けられるものの、アルバになれなかった者は、別の道に引導を渡されるか、アルバではない魔術師——ビルダとなる。
ビルダとは「Builder」マナに頼らず魔術を築きあげる者の意である。野良魔術師にとっては誉ある呼び名だが、魔術学校に通いアルバになれなかった者にとっては屈辱的な言葉だった。過去にビルダが暗躍し、数奇で奇怪な事件も起こっているが……またの機会に話そう。
第十八考 魔術大全書【星の魔術大綱】
さて、学校や魔術学校が建設されるのと同時期に、教科書の製作も進められていた。当時、アルバと学者の闘争により、庶民にもアルバが魔術師であるという認識が広まった時期だった。巷間では偽魔術師や偽アルバが横行し、痛ましい事件も数多く起きてしまった。
そんな状況の中、魔術大全書【星の魔術大綱】が刊行された。この本は、高名な呪術家アディーレ・エクセルシア主導のもと、編纂された魔術の概説書である。装丁は、灰味がかったラピスラズリに、銀の文字色で彩られている。表紙の柄は、流れ星が三つと、激しい炎の文様。裏表紙には蔦の葉のコーナー柄に、エクセルシア家紋・セイヨウトネリコのマークが星と共に描かれている。
この本は、項目ごとに厳選された呪文が綴られ、初版は800ページに400呪文が掲載された。呪文だけでなく、マナの増幅法や回復法、魔術の使用法や勉強法など、魔術の指南書としても非常に優秀な書籍である。 現在でも改訂が繰り返され、厚みも倍に増えて第154版が出ている。値段は23ドミーで、庶民でもなんとか手が出せる値段だ。
庶民で呪文を使いこなすのは夢のまた夢とはいえ、金を出せば誰でも本屋で購入できる点が、非常に画期的だった。編纂者アディーレは、魔術や呪文という、宮廷内でのみ研究されていた秘密のベールを、世間に詳らかにした初めてのアルバである。彼女はまた、偽アルバを見分ける方法を役場へ周知し、巷にはびこる詐欺行為へ粛清もしっかり行った。
発売から1500年近くたった今でも、魔術学校の学生とアルバは、みな肌身離さず【星の魔術大綱】を持ち、日々魔術の研鑽に努めている。本に収録し切れない専門分野については、参考書籍も書かれており、特に医学書や薬草書の類いなどは、ここの一覧から本を取り寄せる。
第十九考 生と死と誕生日
最後にひとつ大事なことを忘れていた。子どもといえば誕生日である。
ルドモンドには七曜神の他にもう一つ「大四神」という信仰があり、七曜神では入らなかった重要な概念を扱っている。生と死を司る「デズ」、闇と願望を司る「モルグ」、海と酔狂を司る「ラム・ラジュラ」、戦争と鏡を司る「オオン・サンドラ」……この中で、生死を象徴するデズと、願いを叶えるモルグが、誕生日と葬式に礼拝される神である。
臨月の夜、子供が無事に生まれるよう、デズとモルグの祭壇を作り、祈りと願いを込めて捧げる。無事に生まれたら、祭壇の前に子供が入ったゆりかごを置き、デズを表す白色と、モルグを表す黒色の布で、赤ん坊をくるんで感謝する。
その赤ん坊が成長し、大人になり、老人となり、葬式を迎えた日には、デズに守ってもらえるよう、モルグに願いながら出発の準備をする。デズに守られた魂とマナは、いずれ同胞の命に宿り、また新たに赤ん坊として生まれていくるのだ。
章の最後は、年齢の数え方を教えて話を終えよう。ルドモンドでは年を跨いだ時に一歳年を取る方法を採っている。そのため、毎年誕生日を祝ったりプレゼントを贈る文化がなく、己の誕生日を認識している者も少ない。ただし占い好きは話が別だ。自分と気になる人との誕生日を調べて計算し、相性をうらなう恋占いは、いつの時代もどんな民族でも、盛んなのである。