恐ろしい話をしよう。
その日、私は気分が落ち込んでいた。
10月の末、ちょうどハロウィンの前日だった。
私は気分を盛り上げようと、近所の大型スーパーに出かけることにした。
スーパーは豪華に飾り付けられ、イベント気分だった。
パーティーの飾り付けでも買おうと思って、お洒落なインテリアショップへ赴くことにした。
何せ、明日はハロウィンだからね。私は足早にショップへ向かった。
するとそこには……美しいクリスマスのアイテムが並んでいたのだ!
キラキラと輝くモミの木にスノウドームにサンタクロース!
ハロウィングッズは無惨にも隅のワゴンに積められていた。
お化けのお面、コウモリの縫いぐるみ、お菓子が入ったかぼちゃの容器……
縁が欠け、埃が被り、割引シールが貼ってあった。捨てられたも同然だった。
——私の心だ。
「結局何が言いたいの? マリー」
「日本の商業主義は間違っている!」
「今に始まった事じゃないじゃん」
「私はハロウィンで遊びたいのぉー!」
マリーはドンドン机を叩いてタブレット越しに騒ぎ、理香子の部屋にまで振動が響いた気がした。
10月30日ハロウィン前日、時刻はちょうど夜10時31分。
塾から戻ったばかりの理香子は、両足をマッサージしながらマリーに聞いた。
「いいけど、ハロウィンって何やるんだっけ。仮装パーティ?」
「子供が仮装して近所の家からお菓子をもらいに行くのよ。でも日本では大人の仮装大会が有名よね」
言い出しっぺの理香子もよく分かっておらず、スマホで調べながら答えた。
「あと『ダック・アップル』っていう、タライに浮かべた林檎を齧って取り出す遊びとかもあるみたい」
見慣れぬ画像を見つけたマリーは、タブレット越しに理香子へ見せた。大きな水タライに大量の林檎が浮かんでおり、参加者は顔を突っ込み、林檎に齧り付いている。
「あ、私それ昔やったことあるよ。子供会か何かで」
「えっ!?」
「滑って全然うまくいかなかったよー。あれハロウィンの遊びだったんだね」
理香子はクリームを塗りながらのんびり答える。
「……へー、今は衛生的に無理だよね」
「そもそも日本のリンゴって大きいからあの遊び向かないと思うよ」
「そっかあ…………って、いいってそれは!」
マリーは激怒し、再び机を叩いた。
というわけで、急遽それぞれの部屋でハロウィンパーティーが開かれることになった。
何かパーティーぽいものを用意しようと、理香子はキッチンにあるコーヒー道具一式と、クッキーとチョコを取ってきた。
マリーはというと、ペンギンやテディベアなど縫いぐるみを画面に並べ、色鉛筆とスケッチブックを用意した。色鉛筆を握るのなんて、小学生以来だ。
「懐かしいね、何描くの?」
「もちろん、カボチャよ!」
マリーはオレンジ色を手にとり、まずは定番ジャック・オ・ランタンを描き始めた。隣にスマホを置いて資料を見ながら、美味そうなカボチャに怖そうな目を、ニョキニョキと絵描いていく。
「わー上手だね〜」
「そりゃ見ながら描いてるもの。小学校の授業中もさー、こうやって調べながら描けたら、もっとうまくできたと思うのよね」
「でも子供の創造性が失われちゃうかもよ。自分で想像したものが大事なんだよ」
「急に大人な意見いわないで」
マリーは完成したジャック・オ・ランタンをハサミで切り取り、ティッシュ箱の側面にペタッと貼った。画面が一気にハロウィン気分になった。縫いぐるみ達も仲間が増えて楽しそうに見える。
「よーし、次はお化けでしょー」
「貞子描いて、貞子」
「やだ」
楽しそうに色鉛筆を動かすマリーを見て、理香子はコーヒーを淹れる手を止めて、黒マジックとノートを使い、同じように描きはじめた。理香子が描くのは、夜の闇に漂う魔物・コウモリだ。
「そうだ、赤色もあるから、蝶ネクタイにしたら似合うかも!」
「へー、可愛いじゃない」
ペン立ての奥にあった細い赤マジックで、ニヤリとした赤い口に、赤い蝶ネクタイを描いていく。小さなお洒落コウモリ達が、ノートに5匹ほど出来上がった。
理香子はハサミで切り取り、彼らにそっと息を吹きかけると、コウモリ達が部屋の中へ舞い上がり、理香子の肩をつかんで夜の闇へと飛び出した。
「ちょっと理香子、どこに行くのよ!」
「マリーも来なよー。夜空が気持ちいいよ」
「待って、今お化けができる所なの!」
タブレットの画面が急に黒背景になり、マリーは慌ててハサミでお化けを切り出した。白い布を被り、おどろおどろしい黄色い目をしたお化けは、マリーを全身でガバッと包みこみ、なんと床へ沈んでいった。
「待ってまって、このままじゃ地底に行っちゃう!」
2階のマリーの部屋から、1階のリビングを素通りし、地中を通り、地下世界へと潜っていく。
「どうしよう、理香子。離れ離れになっちゃう!」
「うーん、今回は別行動でいいんじゃない?」
「そんなあぁぁぁ」
マリーはズブズブと地底へ潜っていき、理香子はふよふよと夜の空へ飛んでいった。
コウモリたちは上へ上へと上がっていき、モコモコした雲の上へスポンと飛び出た。
そこには色とりどりの鯉のぼりたちが、一面の雲海を優雅に泳いでいた。
「わぁ見てマリー。……綺麗だよ」
「——ヒンギャあああああ!」
相変わらず絶叫を上げていたため、向こうの音をミュートにした。
悲鳴に気づいた鯉たちは、理香子の方に顔を向けた。
「こんばんは、来客とは珍しいな。散歩かい?」
「はい、友達とハロウィンパーティーをしていたんです」
屋根ほどもある大きな赤い鯉のぼりと青い鯉のぼりが、体をくねらせやってくる。
「ハロウインとはなんだね、お嬢さん」
「いま流行りの行事だよ。最近は増える一方だ。我々の出番が減っているのに」
青い鯉のぼりがやれやれと長い胴体を振った。昔は各家庭でも飾ったかもしれないが、今は地域のイベントでしか見れない大きさだった。
「知ってる、知ってるー!『イタズラしなきゃお菓子をくれる』っていうんだ。お菓子ちょうだい!」
ちっちゃな鯉のぼりたちも集まってきた。風車につけるサイズの鯉だ。
理香子は手持ちのクッキーとチョコをあげた。鯉のぼりとコウモリ達は、ちっちゃい者同士、一緒にどこかへ遊びにいってしまった。
「お嬢さんも遊びに連れてってやろう、さあお乗り」
赤い鯉のぼりが理香子を胴体に乗せてくれ、雲海を出発した。
「ンぎゃああああ!」
一方、お化けと一緒のマリーは地殻を潜り、マントルまで達したところで、空洞空間にスポンと抜けた。
「げっほ、えっほ……ここどこ…藁?」
一面の藁の上で、トナカイたちがもそもそ食べていた。彼らは突如現れたマリーをじっと睨み、ゆさゆさと立派な角を振った。
「ご、ごめんなさい、おジャマだったかしら。おっほっほ」
空洞内には陽気で不気味なジャズが流れており、お化けがフワフワと音楽の方へ漂っていく。
「待って、誰かがハロウィンパーティーやってるの?」
狭い洞窟をズンズン進み、大きな樫の木の扉から、大広場にバーンと出た。
そこにはたくさんのお爺さん……赤い服に白い髭のサンタクロース達が、音楽に合わせて料理をつまみ、ダンスをしながら大量のおもちゃを磨いていた。
「おやおや何だい、お客さんかい?」
「おお、迷子のゴーストじゃないか。探したんだぞう」
マリーが描いたお化けは、どうやら彼らの仲間らしい。お化けはチョコレートのホールケーキを丸呑みし、広間のシャンデリアの上にいる仲間の元へフヨーンと行ってしまった。
「あ、ちょっと待ちなさいよっ!帰れないじゃない!」
「すまないねえ、あの子が連れてきちゃったのか。帰りはワシらが送り届けよう」
「地上から来たんだろう、お腹すいているかね。食事をどうぞ」
サンタたちが席を用意してくれた。ミイラ男がヨタヨタと近くにより、とん!とシチューを置いた。パイ付きのクリームシチューの中央に、揚げたネズミが入ってる。
「ご、ごめんなさい……夕飯はもう頂いたの。デザートだけもらうわね」
マリーは丁重にお断りし、机に飾られたキャンディケインを手に取った。
ミイラ男はヨタヨタとシチューを持っていき、DJをしている狼男の傍へと置いた。
次々と運ばれる料理は、奥で魔女たちが作っているようだ。大鍋にコショーを振りかけている。
サンタたちはお喋りしながらオモチャを作り、料理やお菓子をつまんでいる。
パーティーしながら仕事をするサンタクロースの周りで、パーティーを手伝うハロウィンの仲間たち……マリーはようやく状況を理解した
「一緒にお仕事してるのね、あなた達が仲がいいって知らなかったわ」
「昔はこんな事なかったんだ。きちんとナワバリで分かれてた」
「最近はどういうわけかナワバリが崩れている。ほら、オモチャを見てごらん」
それは壊れたハロウィングッズだった。スーパーで見たワゴングッズを思い出し、マリーの肝がヒヤッと冷えた。
「どうしてハロウィン? クリスマスのはどうしたの?」
「クリスマス用はもう出荷してしまったんだ。代わりにハロウィンのおもちゃを直してる。子供たちに運ぶためにね」
「そうだ、せっかく明日はハロウィンなのに、遊べない子が多いんだ」
「そこでワシらがタッグを組むことにした。おもちゃの事なら任せてくれ!」
サンタたちは赤ら顔でビールを呑みほし、高速でおもちゃを修理していく。
治ったおもちゃは死神たちがパッキングし、ソリへ次々に乗せられていた。
「よし、溜まったな!配りに行こう。お嬢さんも乗りなさい。そうだ、お土産も差しあげよう」
プレゼントをタップリ持たされたマリーはヨタヨタよろめいた。彼女を連れてきたお化けがフワーンと寄ってきて、マリーを土産ごと包み込んだ。
「出発!」
「ちょっと待って、前が見えないって……きゃああ!」
サンタがトナカイをパン!とロープで合図する音がする。
マリーは暗闇の中でグンと引っ張られる気配を感じ、ソリが出発した。
「それでハロウィンとは楽しいのかね」
「仮装パーティーをするの。楽しいよ」
「仮装? なるほど、クジラの被り物でもするかね。ハッハ」
「いや、鯉のぼりの誇りにかけて、仮装は致しかねる!」
陽気な赤のぼりは屈託なく笑い、頑固そうな青のぼりは反対した。
「あとは『ダック・アップル』って遊びもあるの」
理香子はリンゴの遊びを教えた。タライに浮かべた林檎を齧って取り出す遊びだ。
「なるほど、それなら私らもできそうだ!」
赤のぼりは体をくねらせ、鱗をぽとぽとと落とし、林檎に変えた。
青のぼりはぐるぐると雲中を舞い、あたりを水溜まりに変えてしまった。
「どうだ! 林檎がたくさん浮かんでいるぞお! 食いつけ食いつけ!」
月夜に浮かぶ雲の湖に、たくさん林檎が浮かんでいる。
鯉のぼり達は次々に林檎にかぶりつき、ダック・アップルを楽しんだ。
理香子も目を瞑って林檎をパクッと食いつき、再び瞳を開けると、そこは理香子の部屋だった。
「見てみて理香子! ハロウィングッズがいっぱいあるの!」
画面越しのマリーは、大量のハロウィングッズを抱えてキャッキャしていた。お化けのお面、コウモリの縫いぐるみ、お菓子が入ったかぼちゃの容器……なぜかクリスマス用のキャンディケインもある。
「パーティーしよう、今日はハロウィンだよ!」
時刻は12時を回っていた。
10月31日、今日はハロウィン。たまには夜更かしも悪くない。
マリーはキャンディケインを舐め、理香子は林檎を齧り、色鉛筆やマジックで絵描いたヒゲや包帯姿で、仮装パーティーを楽しんだ。
作者の後書き
続きました。
ノベプラさんのハロウィンフェア2021参加作品です。
もともと特典のサキュバステラちゃんが欲しくて製作迷ったまま時がすぎ……
最終日の16:30に突然書こうと思い立ち、投稿時間23:59ギリギリに滑り込みました。
普段書いている宝鈴日記の10月のハロウィン数日前の日記が元になっています。
いつもはどっぷりファンタジー書いてるせいか、日記をつけていても小説に反映されることってほとんどないのですが、珍しくネタにできてよかったです。
ノベプラさんが面白い企画を立てる時、この子たちの様子も見れる……かもしれない。
ダックアップル photo Caleb Zahnd CC BY 2.0
鯉のぼり photo カッパリーナ by photoAC