第11章【Black Maria】ブラック・マリア2

 多くの飲食店が休日をとる水曜日、レストラン『ボティッチェリ』はなぜか煌々と明かりが点いていた。

「もう終わりだ、みんな。出頭すべきだ」
「バカを言うな、ピエトロ。町長はもう居ない、バレる可能性は低い」
「だが警護官はいる、知られたら厄介なことになる」
「もう『デル・コッサ』にまで州警が入ったらしい。例の甲冑が見つかった」
「ハン、諸悪の根源はオーガスタスだ。天罰を喰らっただけさ」

 砂鼠族コスタンティーノ家。元はハリーハウゼン家の家臣である。

 商売っ気の強かったご先祖様は、サウザス勃興時代、ブライアンが鉱山を興したのを機に、町外れの東の小さなテントで商売を始めた。それが今に至るまで栄えるサウザス市場の基盤となった。

 現在は6つ子のようにそっくりな6兄弟、マルコ、ピエトロ、ジャン、ファビオ、ステファノ、エミリオが継いでおり、上の5人が『ボティッチェリ』2階の個室へと集まっていた。

「結局、列車の件はユビキタスがやったのか? なぜこんな事をしたんだ!」
「知らん。何か恨みがあったんだろ」
「“彼ら” と繋がっていたらマズイことになるぞ」
「そうか? とっくに州外へ逃げているだろ」
「しかし何だって尻尾なんか吊るしたんだ、本人を吊るすならともかく」
「知るか! それよりトールのせがれが斧を持っていったのは何なんだ、証拠でもあるのか?」
「落ち着けファビオ、大丈夫だ。あれには何もない……」
「あれにはってなんだ!」
「やめろ、机を叩くな!——エミリオの様子はどうだ」

 5人が一斉に天井を見た。鉄の小さな通風孔がギイッと開く。
「…………大丈夫だよ、兄さん。」
 細く、柔らかな声が上方から響いてきた。

 

 鳥のさえずりのように細く、森の木陰のように柔らかな声は、熱くなった兄弟たちをなごませた。

 声の主はエミリオ・コスタンティーノ。6兄弟の末っ子である。

 末っ子のエミリオは、昔から物腰が柔らかく謙虚な人間だった。家族の中で最も賢く教養があり、これは市場で働かせるより上の学校へ進んだ方がいいと、親兄弟は金を出しあい、クレイト市の高等学校に入学させた。彼はクレイトで経済学と政治学をみっちり学んで卒業し、サウザスに戻って役人になった。

 優秀で気のつく彼は、就職してすぐ先々代の町長・カルマから秘書職に任命された。カルマ氏が引退し、町長の代替わり後も継続して町長秘書を務めてきたが、3年前オーガスタスの尻尾がぶつかり、腰を負傷して歩くことができなくなった。療養中の今は『ボティッチェリ』の一室にひっそりと住んでいる。

「エミリオ! 昼に『鍛冶屋トール』のせがれが警官と来ていただろう、何か言っていたか?」
 長兄マルコがエミリオに話しかけた。通風口から彼の声が聞こえてくる。

「そうだね。甲冑を調べて、戦斧を外して持ち帰ったよ。理由は何も言ってなかったな。一緒にいた警官じゃなくて、息子の方が持っていきたがってた」
「ほほう」
「州警官じゃなくて息子の方か? なぜだろう」
「まあ警察はすでに調べているからな」
 兄弟は口々に喋りだす。

「それと、甲冑があった床を調べていた。兄さんたち『痛んでる』と嘘ついてただろう。見破られてたよ」
「まずいぞ」
「ほら、言ったじゃないか」

 一言いうたびにワイワイ騒ぎだすので、エミリオが上からゴホンと咳をし、 「テーブルの傷と解体ショーのことを少し話して、去った」と手短に告げた。
「ありがとうエミリオ。もう大丈夫だ」
 ピエトロが礼を言うと、通風孔がパタンと閉じられた。

 

 エミリオがこの屋根裏で過ごしているのは、兄弟しか知らない事実だ。

 近所の人は『ボティッチェリ』にピエトロやジャンと一緒に住んでいる、としか思っていない。事実1階の私室にはエミリオのベッドもちゃんとあり、車椅子姿でリビングにいることもある。

 だが彼の真の自室……いや仕事場は、この屋根裏部屋だ。食器昇降機で上にあがり、屋根裏でひたすら耳を澄まし、レストランの個室から極めて内密な情報を得て、精査する。それを他兄弟に流すことで、東区の市場は “円滑に” 運営されている。

「警察に上のことは知られてないよな?」
「今のところ大丈夫だろう、それに事件と関係ないしな」
「だが知られれば一気に店の評判が落ちるぞ、市場価値も暴落だ。しばらく止めといた方がいい」
「そうだな……エミリオ、そういう訳だ! ほとぼりが冷めるまで一緒にいよう」
「OK。兄さん」
 ガシャンと昇降機が鳴った。車椅子に乗ったエミリオが、下へゴトゴト降りてきた。

 兄弟たちも個室から降り、1階厨房の昇降口で末弟を出迎えた。広間に席を移して6兄弟全員で談笑していると、玄関ベルの鈍い音がガラーンと鳴り、州警察がズラリと外に整列していた。

 

 深夜、住民ホールに立つブーリン警部は、ドス紫の顔色をしていた。

「やむを得ん、ユビキタスの護送を1時間後に行う」

「ええっ、こんな急に!?」
「クレイト市警から連絡があった。非常にまずいことが起きている。ここに朝まで置いておくのは危険だ」
「しかし」
「サウザス警察からギャリバーを何台か借りる。クレイト警察にもこっちへ向かわせる。中間地点で受け渡す。うまくいけばコンベイ付近で合流だ、それで進める」

 警護官が逃走した件で、事態は窮地に陥っていた。
「クラウディオ、部下とともに護送に同行してくれ」
「了解だ。準備を済ませてこよう」
 クラウディオはマントを翻し、足早に去っていった。

「そして……申し訳ないが、ショーン・ターナー氏にも同行をお願いしたい」
 ショーン、紅葉、リュカ、アーサーの4人は、あれからすぐ役場へと訪れていた。何か情報協力できれば、との想いで来てみたが、ラヴァ州警察の関心事はすでに、『ユビキタスの護送』ただ1点になっていた。

「ショーン君、帝国調査隊でもないのに巻き込んでしまってすまない。だが、ユビキタスは呪文の使い手だ。彼の仲間もそうかもしれない。クラウディオだけだとどうにも不安だ」
「いえ警部。僕は平気です……でも、ギャリバー護送ってかなり時間がかかるんじゃ……列車を待って、コッソリ行った方がいいのでは?」
「だめだ、何が起きるか分からない。当初の護送計画は知られていると思った方がいい。予定を変更しないとまずい」
「——まって、私も行く!」

 ショーンの背後から、紅葉の大声がホールへ響いた。

 

「紅葉っ!? 何言ってんだ、ダメに決まってる!」

「アルバのことは警察より私の方が詳しいよ! わたしも行く!」

 長い鉄斧を持った女がひとり、役場ホールで叫ぶ様子に、周囲は怪訝な表情で伺っていた。

「……本当かね?」 
「やっ…」
「──ほんとよ! ターナー夫妻からアルバのあらゆる事を教わってきたの、対処法も熟知してる!」
 警部はひどく怪訝な表情をしていた。ショーンとリュカだけは事実をかなり “盛っている” と知っていたが、紅葉の気迫に完全に気圧されていた。

「……しかし、乗り物が」
「私は自分のギャリバーがあります。勝手に付いていくから、それでいいでしょう?」
 紅葉は瞳孔が完全に開き、青い鬼のような形相をしていた。

「…………では、君に関しては何があっても責任は取らないし、命も保証しない。それで良ければ、トランシーバーだけ持っていきたまえ」
 なんと許しが出てしまった。
 ショーンは愕然としていたが、警部にしてみたらこれ以上相手にしてる場合じゃない。
 事は一刻を争う。

 

「では1時間後、北大通りの北西の入り口で待つ」

 役場にいた州警察とサウザス警察は、めいめいに散っていった。

 リュカは鍛冶屋へ、紅葉とショーンはラタ・タッタへ足早に帰った。アーサーはとっくの昔に消えていた。
 ショーンは通りを小走りに駆ける間、戦斧を大事そうに握り締めている紅葉に、一言も声をかけられなかった。