第2章【Thousas】サウザス1

[意味]
ルドモンド大陸のラヴァ州北東部にある地区の名称。

[補足]
昔、この地区の鉱山で働く者は、総理事ブライアン・ハリーハウゼンによって、同じ型の肩下げ鞄「Satchelサッチェル」が支給されていた。何千にもおよぶ肩下げ鞄「Thousands of satchels」は、サウザスの名の由来になった。


 アルバに従事し続けて2年とちょっと。

 久々に休みを作ったショーンは、数ヶ月ぶりに町へ出かけることにした。
 昨日書きあげた手紙数通と、長財布、書きつけ紙に、刺繍入りのハンカチーフ、そして【星の魔術大綱】を、肩下げ鞄「Satchelサッチェル」の中に入れた。

 このサッチェルは、キャメル色の革製で、外にふたつポケットがついている。幼少の頃から使いこんでおり、大切にしている。(小さい頃から使いすぎて、正直子供っぽいなと感じるのだが、何せ頑丈なため、買い替える機会がない。)

 上服とズボンを順に着こんだ。詰襟の生成り色の上服は、裾がマントのように長くて大きい。いつも着ている仕事着だが、気分を変えるために、ベルトだけは違うものにした。

 頭に同色の羊角用ターバンを巻き、土埃よけのショールを左肩に掛けてベルトに通した。布で覆われた猿の尻尾を、裾の下からヒョイと出す。最後に丸い真鍮眼鏡をカチャリと掛けて、完了だ。

 さぁ出かけるぞと気合を入れて、タフィーをひと粒口の奥へ放りこんだ。空の包みを、ゴミ箱へ、ヒョイっと捨てたら……満杯で入りきらずに、ポスッ、と軽い音をたてて床に落ちてしまった。

 ──帰ったら掃除をしよう。

 そう固く決意し、ショーンは勢いよく部屋の外へ出た。

 

 

 彼らが住む、ラヴァ州サウザス地区のサウザス町。

 今からこの町を説明しよう。少々長いが、聞いて欲しい。

 時間がない人は
「横に北大通り、縦に中央通り、南にサウザス駅」があり
「鉱山の北区、金持ちの西区、貧しい東区」と、知ってくれれば十分だ。

 それでは、詳しく見ていこう。

 この町を地図で上から見ると、大きな道が縦横ふたつある。
 上から見ると、ちょうど「丁」の形のようになっており、
 横の道は【北大通り】、縦の道が【中央通り】だ。

 

 まずは【北大通り】を説明しよう。

 サウザス北部にある、東西を貫く大きな道だ。ラヴァ州街道に通じており、昔は駅が開通するまで、ここが交易の要だった。大通りの中央には鍛冶屋、金物屋、刀剣屋などが立ち並び、職人街として成り立っている。リュカが働く鍛治屋トールもここにある。

 通りの裏手には、製鉄所や溶鉱炉、鉄工場、風呂屋など、重要な火の施設が広がっており、鉄関係で働く者たちは、この「北区」に住んでいる。酒場ラタ・タッタは、北大通りの西端だ。本来は州街道の客をもてなすために建てられたのだが、今ではすっかり北区に住む人々の、胃袋と酒欲を満たしている。

 

 そして、もうひとつは【中央通り】。

 北大通りの真ん中から南端にかけての大きな道だ。中央通りはサウザスの大動脈で、多くの人や物が日々せわしなく動いている。

 荷馬車が何台も巨体を揺らして通る横を、小柄な郵便屋が大鞄を抱えて、駆けぬけていく。花売りの少女が地べたに座っているかと思えば、焼き魚売りの青年が小太鼓を鳴らして練り歩く。

 

 中央通りの向かって左の「西区」。

 ここに町で一番大事な、町役場がある。周りには銀行、警察、消防署などの公共施設。さらに周りには、高級ホテル、レストラン、宝飾服屋など ”お高めな” 建物が立っている。

 役場の裏には大きな屋敷が点在し、町長や上役、名士の一家が住んでいる。緑あふれる綺麗な公営庭園もあるのだが、なぜか町民は祭りの日以外入れない。この「西区」に住む人間が、庶民からやっかみの対象なのは、致し方ない事だった。

 だが、安心して欲しい。「西区」にはちゃんと庶民用の施設もある。北大通り側のお店がそうだ。本屋に病院、美容院、不動産など。病院脇の小道を奥に進むと、サウザス唯一の学校もある。

 

 そして、中央通り向かって右の「東区」。

 ここには商店、青空床屋、安宿屋、大衆酒屋など、”趣のある” 施設が並んでいる。

 ここ「東区」のメインといえば、何と言ってもサウザス市場だ。
 北大通りと中央通りの真ん中から、南東へ大きく広がるこの市場は、どの区からでも人が集まる、サウザスで最も活気のある場所だ。日々の食材から日用品まで何でも露店に揃ってて、紅葉もよくここで買い出ししている。

 東区は、完全に庶民の区域であり、中でも市場の奥の貧民街は、サウザスで最も貧しい人達が住んでいる。彼らは、狭く密集した建物に、色とりどりの洗濯物をかけ、太鼓を叩きつつ日銭を稼ぎ、たくましく生きている。

 貧民街のさらに東は、畑が広がり、藁葺きの農家が散在している。サウザスは、土も気候も農耕向きとは言えないが、それでも少量ながら開墾され、地場野菜が作られている。

 

 最後に「丁」のハネ部分の南端。

 ここに【サウザス駅】がある。
 ラヴァ州全土を繋ぐ鉄道の駅は、列車が吐きだす煙ゆえ、サウザスで一番南の、郊外に設けられている。駅の周辺にある施設といえば、郵便局と馬屋と倉庫で、これより南は何もない。青空と赤土だけが広がっている。

 サウザス町はこれら【北大通り、中央通り、サウザス駅】と【北区、東区、西区】で構成され、北区の端から南の駅まで歩くと、だいたい2時間くらいかかる。西区から東の端は少し短いが、畑を含めると、もっと広い。

 帝都や州都から見れば田舎町だが、施設はそれなりに充実しており、そこそこ ”立派な” 田舎町と言えよう。

 

 

「あれ、ショーン。今行くの?」

 三輪式軽自動車「Galliverギャリバー」に跨った紅葉が、酒場の玄関先に止まっていた。ドッドッとエンジンを噴かせつつ、大きな白皮革のメットをかぶり、顎のベルトを締めている。

「紅葉。買い出しか」
「うん、市場へ。オーツ麦が切れたらしいの」

 ギャリバーの運転席に座る紅葉が、チャリンと、車の鍵を右手で鳴らした。彼女の左脚側のサイドカーには、大きな空の麻袋が座席の上でしんなりしている。

「それと、お野菜と魚の缶詰も……そうだ! ショーンが今日お休みするって、みんなに伝えておいたよ」

 昼の酒場には紅葉の他に、太鼓隊の古株オッズと、給仕の少年ロータス、そしてオーナー夫妻の、誰かしらは常にいる。

「もし、怪我した人が来ても、病院に行くよう言ってくれるって」
「ん……ありがと」
「ショーンはどこに出かけるの、乗ってく? ああでも、ちょっと狭いかも。ショーンの服、ブワッとしてるし」
「ブワッとってなんだよ」

 紅葉の今の格好は、白ブラウスにカーキ色の短ズボン。肩には軽そうなリュックサック。風でくるくる回る木の葉のように、軽快な装いだ。
 一方、ショーンは、布地をタップリ使った上から下までながーい服。重ったるい自分の装いを見て、ムッ…っと深く眉を寄せた。
 確かに、この服はブワッとしている。

「いいんだよ、これくらい畳めば入るさ!」
「そう?」
「ボクぁ、アルバ様なんだから、タップリした服は身分の象徴!」
「はいはいアルバ様。それで、どこ行くの?」
「郵便局だよ!」
「郵便局って、駅の隣の? じゃあホントに遠いじゃん。送っていくね」

 紅葉はエンジンを切り、ギャリバーからいったん降りた。
 サドルをパカっと外し、中に入っている予備のヘルメットを、ポンと放った。

「はいこれ。着けて」

 ショーンは、慣れないメットを着けながら、サイドカーに脚を挿し入れた。ブワッとした服が車体の外へ出ないよう、ぐるぐる袂を丸めて狭い座席にグイッと押しこむ。ペシャンコの麻袋を尻に敷き、妙な感触におしりの皮膚がヒヤッとなった。

 再びサドルに跨った紅葉が、エンジンを入れクラッチレバーを引き、カッコ良くペダルを踏んで、ギアを入れた。

 

 ──ドッドッドッ。

「じゃー行くよ!」 

 長閑な動力音を立て、黄色い車体のギャリバーは、ショーンと紅葉を乗せて出発した。

 辺鄙な田舎であるこの町は、州都クレイト市のように美しく舗装された道などない。運送手段は主に、馬か、馬車か、自動車だ。馬も自動車もそれなりにお金がかかるため、最近のサウザスでは、もっぱら三輪式軽自動車「Galliverギャリバー」が人気である。

 ギャリバーとは、32年前にキンバリー社が売り始めた小型自動車だ。前輪が1つに後輪が2つ。荷物の積載に適していて、様々なカラーやデザインがあり、サイドカー付きのも売られている。

 軽量かつ安価。悪路でも頑丈ということで、大陸ルドモンドでは今、ギャリバーが爆発的に流行っている。サウザスも例外ではなく、酒場ラタ・タッタでも黄色のギャリバーを1台所有していた。

 運転には免許が必要で、紅葉は役場に数回通って取ったが、ショーンは免許を持っていない。たまに彼がギャリバーに乗る時はいつも、サイドカーにちょこんと乗せてもらって、移動する……そして、たいてい、羊の丸角でヘルメットをうまく被れず、頭上が不恰好なまま移動している。

 

 ──ドルッドルッドルッ。 

 北大通りを右に曲がり、中央通りへ入っていった。ここからサウザス南端の郵便局まで、徒歩だとだいたい40分。ギャリバーだと約25分で到着する。
 本来ギャリバーならもっと速く走れるが、なにせ市場へ行きかう荷馬車と同じ道を走行するため、ここでそんなに速度は出せない。

「今ね、珍しい香辛料が市場で売ってるらしいよ。クレイトから来てるんだって」
「昨日、リュカが言ってたな」
「私もこれから見に行ってみる。何か買っておくものある? ショーン」

 娯楽の乏しい田舎にとっては、買い物も立派なアミューズメントだ。治療に毎日何時間もかかり、あまり部屋から出られないショーンは、いつも、酒場に来る卸売りで済ませてしまってる。

「いや……必要なものは自分で買うよ」
「そっかあ」

 今の自分はいったい何が必要だろう。鞄の中の財布をキュッと握りしめ、グラつくヘルメットを抑えながら、今日一日でやるべき事と行くべき場所を、頭の中で反芻していた。